己亥/晴れ

1.2時間日本語を話すだけで300元、と言う割の良いバイトの話が寮内に出回り始めたのは先週のことである。しかしどうも怪しいので踏み切れないでいたのだが、素性が明らかになり、すでに何人かが行って間違いないことが判明したので私もやってみることにした。
これはバイトと言うより、自分の音声を売ると言う事なのだ。つまり携帯電話の音声認識システム開発の為、たくさんの日本語の音声データを収集する必要があり、私達はパソコンにつないだ携帯電話に数字だとか単語だとか短い文だとかの羅列を指定されたスピードで、指定された声音でひたすら読み上げれば良いだけのこと。
システムを操作するのもアルバイトの子なのだが、私を担当してくれたのはソフトウェアを専攻している4回生の中国人学生の子だった。すでに日本企業に就職が決まって9月から東京で働くと言う事で、日本語はぺらぺらである。その子と1部屋に入って、まずやり方を説明される。「これを順番に読んで下さい」と渡された紙には数字がずらりと並んでいて、始める前からうんざりしてしまった。しかも読み始めた早々「声が小さい」「もっと間を空けろ」「5番目の電話はもう少し小さい声で」「声以外の音を立てるな」だとかなんとかいちいち注文されるので、あーやめとけば良かったナアと思ったのだが、慣れてくると段々楽しくなって来て1時間ちょっとで終了した。担当してくれた子とも仲良くなり「あなた、読むのうまい、とても早いです!」と褒められる。と言っても「にっぽっんばし/ぼんごはん/りくるーと/すぽにち」など意味不明な言葉の羅列を読むのがうまくて何の得があろうかと思うのだが。
事務所になって居る部屋に戻ると即金で300元渡される。こんなにも楽で300元も貰えるなんて本当に良いバイトだ、と私は思ったのだが、一緒に来た友達は結局2時間以上かかってしまい少々怒り気味で「300元もらえるって言われても、もうこんなバイト絶対やらない!」と叫んでいた。
まあなんにしろ300元は泡銭なのだ、週末からの上海旅行でおいしいものを食べてパアッと散財するつもりである。