己丑/晴れ

神聖喜劇第3巻を読み始めると、はらりとオパール5周年のフライヤーが落ちて来た。そうか、この本を読んでいたのはおよそ3年前なのかと感慨深く思う。
「本源的・運命的な芸術家」が、「習俗的であること(の悦楽)にたいする(一抹の)軽蔑」と同時に「習俗的であることの悦楽にたいする内密にして激烈な憧憬」を併せ持つと言う事。私は当然「本源的・運命的な芸術家」であるわけは無いのだが、自分の内部に相反する部分を並べて途方に暮れている、それはちっぽけでありながら(とりあえず、今の)私ただ1人においては根源的な問題なのだ。
リンちゃんが私の事を「陰と陽で言えば陰だ」と言った。彼女はなかなか鋭い、当然陰である、私が陽であるわけがない。ここに居て私は、ラクラクといわゆる能天気な楽観主義的な自分で居る事が出来るのだが、それは決して無理に演じていると言うのではなく、そうしているのが自分も周りも一番楽だと思うからだ。
混沌としているが、多分、きっと回復傾向にあるのだ。